本資料集は、1942年から2013年までに発表されたハワイの日本人移民・日系アメリカ人(総じてハワイ日系人と呼ぶ)による太平洋戦争下の強制収容の体験について日本語で書かれた回顧録、エッセイ、小説、コラム、インタビュー記事など三百二十三件をまとめた集大成である。(「総合解説」より)

Ⅰ(2025年12月17日刊行) ISBN978-4-89253-674-8
第一章 ハワイ
戦時下の報道・情報
逮捕抑留
サンドアイランド(砂島)収容所
ハワイ島・マウイ島・カウアイ島
ホノウリウリ収容所
赤十字からの救護物資
第二章 アメリカ本土
アメリカ本土への渡航
アメリカ本土の収容所
マッコイ収容所/ジェローム収容所/
トパーズ収容所/ヒラ収容所/
ローズバーグ収容所/ツールレーク収容所/
サンタフェ収容所/クリスタルシティ収容所
続巻 ― Ⅱ(2026年上半期刊行予定)ISBN978-4-89253-675-5
第三章 収容所の生活
第四章 日本への帰国・ハワイへの帰還
第五章 川添樫風
続々巻 ― Ⅲ(2026年下半期刊行予定)ISBN978-4-89253-676-2
第六章 女性の記録
第七章 長編記録
第八章 古屋翠渓著『配所転々』を語る座談会
第九章 リドレス(戦時抑留補償)運動
ハワイ抑留者のさまざまな体験
飯田耕二郎(元大阪商業大学教授)
日系人強制収容に関する研究は、アメリカ本土については早くから行われてきたが、ハワイについては本格的には二十年ほど前からであろう。そもそもハワイで強制収容があったことを知る人はほとんどいなかった。小生も相賀渓芳『鉄柵生活』や古屋翠渓『配所転々』という書物によって、その存在は分かっていたが、詳しい内容について理解していなかった。アメリカ本土の場合は多くの日系人が強制的に居住地から立ち退かされて、各地の収容施設に身柄を拘束されたが、ハワイの場合はそれほど多くないと思われていたからである。しかし二〇〇〇年以降、ハワイにおける日系人強制収容について、ホノウリウリ収容所の実態が明らかになるにつれ、にわかに研究が進展するようになった。本書の編者の一人である秋山かおり氏はこの分野における専門の研究者であり、これまでに『ハワイ日系人の強制収容史 ― 太平洋戦争と抑留所の変遷』(彩流社、二〇二〇年)などの書物を著している。また鈴木啓氏は小生の古くからの知人で、もと『ハワイ報知』の記者であり、ハワイ日系人の芸能文化、ジャーナリズム関係などの資料コレクターとして知られ、この領域の研究では間違いなく第一人者である。彼により戦争中の一九四二年から二〇〇〇年代に至る、いくつかの日本語新聞や雑誌の中からこれに関する数多くの記事を収集されたが、これは根気の要る大変な作業だっただろうと想像される。
さて本書の中で登場する人物のうち、平井隆三はホノルルで発行された日本語新聞『日布時事(後のハワイタイムス)』の名物記者で、『駆け出し記者五十年 ― 足で書いたハワイ日系人史』(一九九〇年)という自伝を著しており、砂島監禁所やジローム転住所でのことも語られているが、これとは異なる事柄が本書で述べられている。小野寺徳治も古くからのジャーナリストで『布哇報知(後のハワイヘラルド)』の記者であり、他にも津島源八(十吉)や草尾雄五郎(一竿子)、阪口利男など総じて新聞記者が多いようだが、一九四一年当時、木村寅喜は日本語学校の校長、田坂養民や尾崎音吉(無音)なども学校教師で、宮本文哲(浄土宗開教師)や吉岡熊太郎は宗教家、佐藤太一は服装店々主、重永茂夫は飲食店々主、米村清(喜預司)は土木建築請負業といった多方面の職業の人達が執筆している。本書を読むとハワイとアメリカ本土にわたって様々な収容所が存在し、その間を抑留者が転々と移動していく姿が印象的である。苛酷な収容所生活の中にも新たな人間関係が構築され、また戦時下の抑留館府(キャンプ)からの便りは、家族などハワイ在住者を安心させるためか食事や娯楽などについて意外と明るい内容のものもみられて興味深い。
未知の部分がまだ多いハワイの日系人戦時収容について、このたび適任の両人によって刊行される本書はまさに時機を得たものであり、この分野の資料収集や研究が、これを契機に今後さらに進展することが期待される。
 |
歴史の空白を埋める「埋もれた過去」のアーカイブとして
森本豊富(早稲田大学 人間科学学術院)
『ハワイ日系人強制収容の記録 ― 日本語新聞・雑誌に掲載された体験記』は、これまで十分に光が当てられてこなかったハワイ日系人の戦時抑留体験を、日本語メディアの証言から掘り起こした初の本格的史料集である。編者の秋山かおり氏と鈴木啓氏が丹念に収集・精査した全三二三件の記事や回想録は、一九四二年から二〇一三年までの約七〇年にわたる膨大な記録を三巻に体系化したもので、これまでアメリカ本土中心に語られてきた強制収容史を補完し、ハワイ社会が経験したもうひとつの戦時下の強制収容の実像を多面的に浮かび上がらせている。
本書に収められた証言は単なる記録ではない。記者、牧師、教育者、そして抑留者本人やその家族など、多様な立場の人々が綴ったことばには、国家や軍事の論理の陰で、個人がいかに耐え、尊厳を保ちながら生を繋いだかが刻まれている。抑留所での赤裸々な日常や、限られた環境の中で時間を有効に使い、互いを支え合った人々の姿が克明に伝わる。それは、沈黙を破り、埋もれていた声をいまに甦らせる貴重な一次証言の集積である。
特筆すべきは、ハワイ諸島内の抑留だけでなく、米本土へ移送された人々の体験も豊富に収められている点である。たとえば、食堂で一本のナイフが紛失しただけで全員が裸にされ検査を受けた屈辱の記録、米南部の駅で白人用と黒人用に分けられたトイレを見て受けた衝撃、あるいはアーカンソー州ジェローム収容所で本土日系人から「ホノルルの素人競宴会を彷彿とさせる」温かな歓迎 ― こうした生々しいエピソードは、苦難とユーモアが交錯する抑留者の実像を鮮やかに描き出している。さらに、原文の表記や語法を可能な限り尊重し、当時のハワイ在住日系人や邦字紙特有の日本語表現も忠実に収録している点は、ハワイ移民社会における言語接触史を示す資料としても貴重である。
ホノウリウリ収容所が国定史跡として再評価され、二〇二五年には戦後八〇年を迎えた ― その節目に刊行される本書は、記憶の継承という歴史的使命を担う。近年、ハワイの邦字紙が相次いで休刊を迎えたことを思えば、本書はまさに「失われゆくことば」を記録として留める試みであり、移民史・社会史・言語史の接点に立つ学際的貢献といえる。将来、本書の一部でも英訳され、日本語を読めない新世代の日系人や国際社会の読者にも届く日が来れば、その価値はいっそう高まるだろう。
本書の刊行を心から歓迎し、移民史研究、社会学、言語学など多方面の研究者、そして広く一般の読者に手に取っていただきたいと願う。本書は、過去の記録を単に再現するものではなく、私達の社会が他者をどう受け入れるかという問いを突きつける。戦時下を生きた人々の声に耳を傾けることは、過去を知るだけでなく、共生と人権の課題を再考するための礎となるはずである。
 |
著者紹介
秋山かおり(あきやま かおり)
長野県生まれ。ハワイと日本での博物館勤務を経て、日本学術振興会特別研究員、国際日本研究センター機関研究員、現在、大阪大学大学院人文学研究科日本学専攻助教。総合研究大学院大学文化科学研究科日本歴史研究専攻博士後期課程修了。博士(文学)。
専門は歴史学、ハワイ日系移民史。研究対象はハワイと沖縄における第二次世界大戦期の収容所、戦時強制収容、文化表象。
主要業績:『ハワイ日系人の強制収容史 ― 太平洋戦争と抑留所の変遷』(彩流社、2020 年)、「第二次世界大戦期ハワイ準州における戦争捕虜収容 ― エスニック・グループごとの利用について」(『アメリカ史研究』46 巻、2023 年)、「ハワイの捕虜収容所を訪ねた日系・沖縄系移民 ― 文化交渉の一形態」(『移民研究』27 号、2021 年)。
鈴木 啓(すずき けい)
インディペンデント・リサーチャー(ハワイ在住)。
東京都生まれ。1980 年ハワイに渡る。旅行会社勤務を経て1994 年から現地日本語新聞の記者となり、『ハワイ報知』『ハワイパシフィックプレス』『ホノルルタイムス』などで日系社会のイベント取材をする傍ら「ハワイの日系宗教」「帰米二世の素顔」などのシリーズや「勝った組」特集などを担当。現在はリタイアし、戦時下のハワイからの抑留、ハワイの日本語放送史・日本映画史等のリサーチを進めている。
主な編著書:『ハワイ報知百年史』(ハワイ報知社、2013 年)、『ハワイ日系社会ものがたり ― ある帰米二世ジャーナリストの証言』(白水繁彦共編、御茶の水書房、2016年)、『ハワイの日本語新聞雑誌事典 ― 1892 - 2000』(マイレブックスLLC、2017年)、『アロハ年鑑 ― Aloha guides 2023』(ハワイ報知社、2023 年)など。