全十巻 (A5判、上製本)
各560頁(予定)
2025年7月より刊行開始!
第一回配本:
第七巻 米国の対日工作
明治期新聞の曉光から、戦中の防諜・謀略、占領期GHQによる検閲、高度成長期の消費革命まで。
第一次資料を駆使してメディアの功罪を問うてきた山本武利の集大成。
552頁 ISBN978-4-89253-663-2
価格 本体 ¥8,800+税 ¥9,680(税込) 2025年7月29日発行
◎第七巻 目次
第一部 捕虜
米軍による日本兵捕虜写真集(抄)
太平洋戦争下での日本兵捕虜の意識と行動 44
日本兵捕虜は何をしゃべったか
序章 捕虜第一号 70
第一章 米軍の対日諜報システム
1 日本兵を捕えろ 77
2 日本語を学べ 81
3 敵文書を収集、分析せよ 84
4 日本兵捕虜から情報を絞り取れ 90
5 多様な諜報機関 96
第二章 日系二世の秘密戦士たち
1 ATISの設立と二世 98
2 水も漏らさぬATISの組織 101
3 二人の日系二世情報兵の活躍 107
第三章 ずさんな日本軍の情報管理
1 国内向けの漏洩防止策 114
2 兵士の投降と漏洩の心理 118
3 高級将校の無責任 128
4 暗号書の遺棄 136
5 視野狭窄の大本営参謀 138
第四章 ガダルカナル戦線
1 死者数の割に少ない捕虜 142
2 遺棄された作戦命令書 148
3 情報凝縮の陣中日記 152
4 兵士の母、恋人への遺書 157
第五章 ニューギニア、フィリピン戦線
1 一九四三年の戦果 160
2 一九四四年の戦果 164
3 一九四五年の戦果 167
第六章 中国、ビルマ、インド戦線
1 将校の供述 170
2 下士官、兵卒の供述 177
3 朝鮮人兵士、軍属の供述 181
4 従軍慰安婦の供述 185
終章 捕虜と日本占領 189
あとがき 194
第二部 ブラック・ラジオ
ブラック・プロパガンダ―謀略のラジオ
はじめに
1 第一回番組 200
2 放送された音楽 209
第一章 ブラック・プロパガンダとは何か
1 ホワイトとブラックのプロパガンダ 212
2 ブラック・プロパガンダのメディアとしてのラジオ 225
第二章 日本に刺激されたアメリカのブラック・ラジオ
1 リットル少佐のCBI視察報告書 235
2 日本軍のブラック・ラジオ 239
3 二人の駐日アメリカ大使経験者の提言 249
4 複数のブラック・ラジオ局設置計画 255
第三章 ブラック・ラジオの制作と日系人
1 マリーゴールド・プロジェクト?―?ニューヨーク 260
2 コリングウッド・プロジェクト?―?ワシントン 274
3 ホワイツ・プロジェクト?―?カタリーナ島 292
4 グリーンズ・プロジェクト?―?サンフランシスコ 298
5 CBI戦線への移動 307
第四章 サイパン・ブラック・ラジオ
1 開局までの経過 314
2 編集方針とニュース・ソース 316
3 番組内容 320
4 番組送信 330
5 番組評価 331
第五章 中国戦線のブラック・ラジオ
1 SACO内部の対立 337
2 コロンビア・プロジェクト 345
3 チャーリー作戦とMO 350
4 コロンビア・プロジェクトと鹿地亘 356
5 アップル・プロジェクト
-延安でのOSS工作と野坂参三 365
6 語りにくい諜報機関やブラック・ラジオとの関係 380
第六章 日本人のアメリカラジオ聴取
1 日本当局のラジオ聴取妨害策 393
2 アメリカラジオの聴取状況 398
3 国民間の大きな情報格差 406
第七章 戦争とブラック・プロパガンダ研究の展開
1 第二次大戦期のプロパガンダ研究 411
2 冷戦期のブラック・プロパガンダ研究 414
3 CIAのブラック・ラジオ活動と
OSS資料の公開 418
あとがき 424
図版出典一覧 428
第三部 OSSからCIA誕生にかけてのアメリカの諸工作
活用すべきアメリカの日本ラジオ活動の傍受記録 432
占領下CIA対日工作の協力者
工作員十七名。初めて発見された「浸透作戦」の全容 442
SSUの日本での戦後秘密諜報工作計画案 454
IBM日本元代表のアメリカ諜報機関への漏洩情報
―IBM日本代表CCD取締役の情報提供とコメント 464
外国新聞のインテリジェンス的分析法
―一九四五年一月のOSS講義録 480
「親日家」ライシャワー本当の顔 498
略語一覧(アルファベット順) 510
~ 著作集刊行のご挨拶 ~

近代日本のメディア、コミュニケーションの把握には、民衆史、消費文化、ミリタリズム、プロパガンダ、インテリジェンスといった複眼的、国際的な視点をもたねばならないと現時点では考えています。もちろん研究活動の初期では視点は狭いものでした。明治期の新聞読者層の実証的把握のための作業を大学院時代は行っていました。助手時代にはメディアの送り手の研究をするとともに、広告や消費者の問題に関心を広げました。その後大学の教育現場で学生、院生へのサービスを行いながら、日本とアジアの関係に興味を抱きました。とくに中国、アメリカからの院生との接触で国際的な視野を広げました。国内外の図書館やアーカイブスを廻り、一次資料の発掘に当たりました。
この半世紀に及ぶ研究生活で著書(単著)二十冊、二百点を超える論文を世に問うてきました。だが、古いものでは刊行後六十年も経っています。その大部分は現在では絶版状態です。著作・論文リスト作成過程で、私自身が持っていないものが多々あることも判明しました。また古書店には見当たらず、その価格も一部では当初の十倍にもなって、入手困難になっています。
このたび文生書院のご厚意で既刊のものを中心に編集した著作集を編むこととなりました。ところがせっかくの機会ですので、紀要や学術雑誌などに寄稿したものも収録したいとの欲望も高まりました。それらによって既刊書の欠落部分を増補すれば著作集の利用価値が上がると考えました。
さらには版元にお願いして新たな資料を使った書き下ろしを挿入する試みも進めています。既刊書を大幅に編成し直す必要となり結果として概算A5判十冊、各巻平均五百五十頁以上になりそうです。完成時の二〇二八年まで現在の厳しい出版事情が続くことが予想されます。七月の第一回配本時には八十五歳となる私自身の健康が維持できるかが心配です。ともかく高齢のドン・キホーテの挑戦をご覧ください。
最後にみなさまのご支援、ご協力をよろしくお願い申し上げます。
NPO法人インテリジェンス研究所理事長 山本武利
山本武利(やまもと たけとし)
1940年愛媛県生まれ。
NPO法人インテリジェンス研究所理事長。早稲田大学名誉教授。一橋大学名誉教授。
一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。
主著
『近代日本の新聞読者層』法政大学出版局、1981年
『広告の社会史』法政大学出版局、1984年
『占領期メディア分析』法政大学出版局、1996年。
『ブラック・プロパガンダ』岩波書店、2002年。
『朝日新聞の中国侵略』文藝春秋、2011年。
『GHQの検閲・諜報・宣伝工作』岩波現代全書、2013年。
『陸軍中野学校』筑摩書房、2017年。
『検閲官―発見されたGHQ名簿』新潮社、2021年。
ほか。
~ インタビュー動画 ~ 制作:NPO法人インテリジェンス研究所
①初期の研究生活を振り返って
②資料としての古書探索と著作集の編纂方針について
③大学入学から研究者へ
④20世紀メディア情報データベースの作成とプランゲ文庫、母について
~ 山本武利著作集 刊行にあたって ~
山本武利氏の主著を、再分解・再構築。現時点で加筆訂正された決定版を収録。
加えて、各配本テーマに関する紀要・学術雑誌等掲載の論文を再録し、これまでの著作を補完。
さらに著作集のための書き下ろしも新たに加えられます。
資料収集のエキスパートとして知られる山本氏が精魂込めて集めた資料類が、どのように使われ、社会分析にどのように用いられたか、その足跡を追ってみてください。
☆各配本テーマごとの再構築により一層掘り下げられた研究の “深さ”
☆新たな配本として、各テーマが編み直されることで得られる “広さ”
☆経てきた時間と社会情勢の変化に逆照射される “奥行”
山本氏の研究を「著作集」として読むことで、これらの次元が一層深まることを期待します。
一元化されがちなデジタル時代の世に問う書籍として、幅広い世代への新たな指針となることを目指します。
弊社創業百周年に向けての記念出版
文生書院
~ 著作集刊行によせて ~
◎土屋礼子(つちや れいこ) (早稲田大学政治経済学術院教授) 解説担当:第1,2,10巻
メディア史研究の道に足を踏み入れた時、指標として私の前に声え立っていたのは、山本武利先生の『近代日本の新聞読者層』であった。一九八一年に法政大学出版局から出版されてから版を重ね、浮世絵を使った新たなカバーの版が出たのは一九九七年頃であったろうか。二十世紀初頭から始まった新聞史研究では、各新聞紙の興亡や新聞記者達の活躍が主な対象であった。その底流には、日本における新聞業界の発展を跡づけ顕彰するという意図と、日本におけるジャーナリズムと言論はどうあるべきかという問いがあった。それに対しこの書は、新聞は実際に誰にどう読まれてきたのかという視点から、膨大な資料を基に、全く新しい新聞史を実証的に描きだした。以来、日本のメディア史や社会史を研究しようとする者で、この書を手にしなかった人はいないはずである。
また、この本より先に山本先生は、『新聞と民衆』を刊行されている。この中にはすでに読者や広告、足尾鉱毒事件など、その後の山本先生のモチーフとなる材料が詰め込まれているが、明治期における新聞の変貌を、不偏不党を標榜する「日本型新聞」がなぜどのように成立したのかという、現代に至る射程の長い問いに焦点を絞って論じている。この書も一九七三年に紀伊国屋新書として刊行され、一九九四年に精選復刻で復刊され、さらに二〇〇五年に再度新装版で刊行され長く読み継がれている。
このようにメディア史の古典となった二書が、メディア史研究に大きな山脈を築いてきた山本武利著作集の第一巻に収められるのは、誠にふさわしく、新たな読者がまたここからメディア史の扉を開いていくことを期待したい。
◎黄昇民(こう しょうみん)(中国伝媒大学名誉教授) 解説担当:第3巻
一九八六年、自費で日本に留学し、東京大学の新聞研究所に足を踏み入れた頃、書店で山本先生の著書『近代日本の新聞読者層』を発見し、その後、一橋大学を受験して山本先生の最初の弟子となった。初めてのセミナーの時山本先生は、新聞輿論は編集者と読者の相互交流によって形成されるので、読者層の把握は欠かせない。また、これまでの新聞史研究は通常、いわゆる大手新聞の政論新聞に焦点を当てていたが、市場の八〇パーセント以上を占める商業新聞やタブロイド新聞には十分な関心が払われていなかったため、後進の学者が力を入れて探索する必要があると語られた。
ちょうどその頃に出版された山本先生の『広告の社会史』(法政大学出版局、一九八四年)では、明治維新(一八六八年)から日本の敗戦(一九四五年)までの日本の新聞と広告の誕生過程を網羅し、日本の広告の発展歴程を詳細に考察していた。
この本の特徴は、集中的な読者視点から宏大的な社会視点に転換し、大衆消費者、広告経営者、メディアと企業経営者などの広告発展における主役としての、それぞれの表現を研究していることだ。宏大的な社会背景を着眼点に、厳格な時間的次元に沿って広告産業の多くの役割を捉え考察し、歴史的真実を再現した。山本先生の研究は一般的な史論分野に限定されず、彼の触覚はメディア経営、費意識、企業広告観念などの実証研究分野にまで延伸している。
一九八七年から一九八九年の大学院生時代、私は幸運にも山本先生主導のこの実証研究に参加した。一九八八年には北京、上海、広州の三地の学者の協力のもとでサンプリング調査を実施し、一九八九年に報告を完成した。この研究は中国の都市消費者群に焦点を当て、同時に現地のメディア経営と企業の市場活動を考察し、将来のトレンドを予測するものになった。
研究報告集の出版時、私と山本先生の二人だけで、長野の先生の別荘にこもり、私は原稿を校閲し、先生はまえがきを構想していた。先生は、題名を「中国の消費革命」(『現代中国の消費革命 : 改革開放下中国市民の消費・広告意識』 日経広告研究所、一九八九年)とすると言った。十年間の改革開放を経て、消費者の欲望が解放され、それが原始的動力となり、中国経済発展の根本動力となった。表面的に注目されるのは消費者の購買衝動、広告好き、頻繁なメディアとの接触であるが、内包されているのは抑圧された消費財に対する無尽の渇望で、その底層には依然として人々の生活、財産、幸福に対する欲望と追求がある。この動力は誰にも扼殺したり変えたりすることはできず、このような動力が現在の中国の不可逆的な消費の波を形作り、改革開放を前に進め続けるだろう。一九八九年にこのような予測ができたのは、山本先生の研究が持つ貫通力と判断力を証明している。『中国の消費革命』の研究結論は私に大きな自信を与え、一九九〇年に留学を終えて北京に戻り、私の母校である北京放送学院で中国広告学術研究と産業実践を始めるきっかけとなった。
◎趙新利(ちょう しんり)(中国伝媒大学広告学院院長、教授) 解説担当:第4巻
二〇一三年十月、私が翻訳を担当させていただいた中国語版『广告的社会史(広告の社会史)』は、北京大学出版社から刊行された。山本武利先生の著作『広告の社会史』(法政大学出版局、一九八四年)の半分程度の内容を訳出し、笹川日中友好基金のサポートを得て出版されたものである。
中国の広告人材育成と学術研究をリードしている中国伝媒大学広告学院の一員として、恥ずかしくない訳書となった。出版以来、中国の広告学者や各大学の広告専攻の学生に多く読まれてきた。多くの名門大学の、大学院入学試験や博士課程の必読書リストにまで指定されれ、中国の大学の広告教育の教科書となった。その反響は、翻訳の作業をしていた当初は思いもしなかった。今回はページ数の関係で、原典の日本語版の半分程度しか掲載できなかったが、今後、全文の中国語訳版を出版できることを切に願っている。
山本先生に初めてお会いしたのは二〇〇五年の年末だった。西安交通大学の修士課程に在籍していた私は日本留学を希望し、北京の中国伝媒大学に滞在していた山本先生をお訪ねした。二〇〇六年九月から早稲田大学での留学生活を始め、二〇一一年三月まで山本先生のご指導の下で、博士論文の「日中戦争期における中国共産党の対日プロパガンダ戦術・戦略」を中心に執筆していた。先生の影響を受け、「一次史料」の重要性が徐々に分かり、二〇二五年現在でも博士論文の延長線上にある日本所蔵中国共産党のプロパガンダ史料の収集と研究を継続している。これはまさに、一生を費やすに価する研究だと信じている。
私が解説を担当させていただく第四巻「広告II」は、『広告の社会史』だけではなく、中国の消費革命、中国の出版事情、中国の広告教育、韓国の日本観、アメリカ広告事情など国際的な視点と幅広い内容で充実している。急激に変貌しつつある現今の世界情勢において、これらの内容は日本だけではなく、中国やアメリカなど世界中で読まれることを期待する。
◎川崎賢子(かわさき けんこ)(清華大学日本研究センター客員研究員) 解説担当:第5巻
二〇〇二年、二十世紀メディア研究所発足の年に、筆者は、原田健一氏とともに『岡田桑三 映像の世紀グラフイズム・プロパガンダ・科学映画』(平凡社)を上梓した。その執筆にあたって、原田氏に紹介され誕生前後の研究所の門をくぐり(といっても無門であるが)、山本武利先生の教えをこうた。そこは開かれた研究の場であり、原田氏も筆者も学閥に連なっていたわけでもなく、専攻もばらばらであった。筆者の場合は近代日本文学の研究者で、とりわけモダニズムの戦時下における展開と変容、延命、旧満洲国や上海租界への転身などを追うことに当時の関心があった。
山本先生のご指導のもと、プランゲ文庫のデータベース(現・二十世紀メディア情報データベース)作成からシソーラスづくり、それを基盤としての占領期研究、『占領期雑誌大系』(大衆文化編五巻、文学編五巻、岩波書店)の編集などに携わることができ、二十世紀メディア研究所の編集委員を務めることになった。米国公文書館、プランゲ文庫など、海外のアーカイブの使い方も先生にご教示いただいた。アーカイブ横断的な研究、研究者のネットワークづくり、議論の構築の手法なども身をもってお示しいただいた。筆者のドメスティックな研究者からの転身は、まったく、山本先生に触発されてのことである。
このたびは山本武利著作集刊行にあたり、旧満洲国、延安、上海におけるインテリジェンスについて解説を担当させていただく。
◎佐藤卓己(さとう たくみ)(上智大学文学部新間学科教授) 解説担当:第6巻
私は第六巻「戦中インテリジェンスII」の解説を執筆しますが、まず私自身がこの著作集刊行を待望する読者の一人です。私が大学生になった一九八〇年当時、京都大学にメディア研究者は一人もいませんでした。卒業論文にむけて新聞史を独学したとき、山本先生の『近代日本の新聞読者層』(一九八一年)に出会いました。「なるほど、こんな風に研究すればいいのか」と膝を打ったものです。
山本先生と最初に会ったのは、私が東京大学新聞研究所の助手だった一九九一年です。科学研究費重点領域研究「情報化と大衆文化」(代表・佐藤毅)の会合で一橋大学を訪問した際、津金澤聡葊先生と一緒に山本研究室に立ち寄りました。その後は古書即売会などで何度か先生とお会いしました。先生も私も新聞研究所助手から始まるアカデミック・キャリアだったこともあり、親しくお声がけいただきました。先生の「インテリジェンス」研究と私の「プロパガンダ」研究は、メディアに対する向き合い方が似ていたのかもしれません。
私は上智大学にいる間に、小野秀雄に始まる日本新聞学の学説史をまとめたいと考えています。山本先生はそこで研究対象となる戦後期を代表的する研究者の一人です。その単行本の多くは書架に並んでいますが、編著や雑誌に掲載された膨大な論文を蒐集する作業は未だに着手していません。この著作集刊行は、私をその作業から解放してくれる朗報でした。編集委員をよろこんでお引き受けいたしました。全巻の完結を鶴首して待つ次第です。
◎小林聡明(こばやし そうめい)(日本大学法学部教授) 解説担当:第7巻
山本武利先生は、よくわからない。何をやっているのかも、何を言っているのかも。ソウル大学への交換留学から日本に戻った直後、学部ゼミへの参加をお願いするために初めて山本先生の研究室にお伺いした。メディアの観点から韓国に関する研究をしようと考えており、大学院進学も希望しているとお伝えした。山本先生からのコメントは一言だけだった。「日本の韓国のことを研究するといいよ。」この先生は何を言っているのだろうと、正直、いぶかしく思った。半年間、考えに考え続け、なんとか先生のコメントを自分なりに解釈するところまで辿りついた。こうした状況は、大学院進学後も続いた。メディア史研究者が、なぜ心理戦や諜報の研究を行うのだろうか。学問としてスパイや謀略を研究するとは、何を言っているのだろうか。
私のような感覚に陥った人は、必ずしも少なくはないだろう。山本先生の頭のなかでは、あらゆる情報や知識が互いに結び付き、言葉が紡がれ、論稿が編まれている。だが、山本先生の頭のなかを覗くことはできないし、山本先生自身もそのプロセスをなかなか明らかにしてくれない(おそらく「企業秘密」だからであろう)。その結果、「何をやっているのか、何を言っているのかわからない」状態が引き起こされる。今回、初めて山本先生の思想的営みを体系的に辿れる(=頭のなかを覗ける)著作集が刊行される。それは、「何をやっているのか、何を言っているのかわからない」状態に終止符を打つだけでなく、その状態の遙か向こうに存在する知の広がりを、私たちに感知させてくれる。待望の著作集刊行は、それを手に取った人びとすべてに知の地平線にむかって歩いてための勇気と力を与えるものとなろう。
◎井川充雄(いかわ みつお)(立教大学社会学部教授) 解説担当:第8巻
情報史の驍将・山本武利の神髄山本武利の研究は、明治期の新聞分析からスタートした。新聞のたんなる盛衰史に終始しがちであった当時の研究水準をはるかに超えて、当時の新聞読者の姿をありありと浮かび上がらせた。その後、広告史の研究などを経て、山本が一九九〇年代に取り組んだのが、占領期のメディア研究である。その成果は、『占領期メディア分析』(法政大学出版局、一九九六年)と『紙芝居-街角のメディア』(吉川弘文館、二〇〇〇年)などに結実した。占領軍の内部資料であるGHQ/SCAP資料や、当時の検閲の資料であるプランゲ文庫などの第一次資料を駆使して、まとめられたのがこの二冊である。アメリカ公文書館など、アメリカでの資料収集も繰り返し行い、当時の通説にとらわれることなく、占領期のメディアの姿を描き出すことに成功した。新聞・出版・放送といった主要マス・メディアのみならず、今日では忘れられがちな紙芝居というメディアに着目したのは慧眼であった。
著作集第八巻では、『占領期メディア分析』『紙芝居-街角のメディア』の二冊を中心に占領期研究に関わる諸論考を集成した。研究者としてまさに脂の乗った五十歳代の研究は、山本武利の神髄とも言えるものである。第一次資料を駆使した極めて実証的な研究であり、今後の研究においても、必ず参照すべきものであり続けるだろう。
◎十重田裕一(とえだ ひろかず)(早稲田大学文学学術院教授) 解説担当:第9巻
山本武利先生にはじめてお目にかかったのは、『占領期雑誌資料大系 文学編』全五巻(岩波書店、二〇〇九~二〇一〇年)の編集会議であった。『近代日本の新聞読者層』(法政大学出版局、一九八一年)、『占領期メディア分析』(法政大学出版局、一九九六年)などのご著書を通じてその広範な知見の恩恵に預かっていたが、謦咳に接する機会を得て、その徹底した調査と実証、文学に対する造型の深さに恐懼したことを今でも鮮やかに記憶している。『占領期雑誌資料大系 文学編』全五巻は、山本先生が共同研究者たちと、メリーランド大学図書館ゴードン・W・プランゲ文庫で多くの時間を費やし、膨大な資料を収集して結実した「二十世紀メディア情報データベース」(NPO法人インテリジェンス研究所)の賜物であった。このデータベースは、今でも国内外で広く活用されている。
半世紀を超える研究期間に公にした著作は数多く、また、研究領域が広いこともあって、山本先生の研究の全容を把握するのはこれまで容易ではなかった。このたび、異なるジャンルの研究者が協働し、『山本武利著作集』全十巻が文生書院から刊行される運びとなった。この著作集は、メディア研究や歴史研究はもとより、日本近現代文学研究においも、多くの研究者に参照される貴重な必読書となるに違いない。
~ 第二回配本以降の刊行予定 ~
第八巻 占領期メディアの動態 (2025年11月 刊行予定) 価格(未定) ISBN978-4-89253-664-9
解説‥井川充雄
第九巻 GHQのメディア工作 (2026年3月 刊行予定) 価格(未定) ISBN978-4-89253-665-6
解説‥十重田裕一
第一巻 近代日本のメディアI (2026年7月 刊行予定) 価格(未定)
解説‥土屋礼子
第二巻 近代日本のメディアII (2026年11月 刊行予定) 価格(未定)
解説‥土屋礼子
第三巻 宣伝と広告I (2027年3月 刊行予定) 価格(未定)
解説‥黄昇民
第四巻 宣伝と広告II (2027年7月 刊行予定) 価格(未定)
解説‥趙新利
第五巻 戦中インテリジェンスI (2027年11月 刊行予定) 価格(未定)
解説‥川崎賢子
第六巻 戦中インテリジェンスII(2028年3月 刊行予定) 価格(未定)
解説‥佐藤卓己
第十巻 日本メディアの自立的発展 (2028年7月 刊行予定) 価格(未定)
解説‥土屋礼子
山本武利著作集 第一回配本 第七巻 米国の対日工作 552頁 ISBN 978-4-89253-663-2 ¥8,800+税 ¥9,680(税込)
株式会社 文生書院 https://www.bunsei.co.jp/
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