警視庁総監官房文書課記録係編纂になる本書『警察法令類纂』は、昭和二年四月一日に非売品として、自警会(財団法人)から発行されたものである。自警会は警視庁内に事務所を持ち、本書の印刷所は由緒ある警眼社であった。本書は加除式で年を追って厳密に維持され、昭和十四年十二月の追録第十三巻第十二号までを差し替えた時点で、これを十九版として昭和十五年一月三十日に発行した。
その後引き続いて、本書は厳重に加除作業を繰り返し、結果として追録の加除作業は追録番号十八巻八号、内容にして昭和二十年二月一日現在までが整理されている。第壱輯は、通則として、事務章程・管轄及配置・官規・叙勲、恩給、傷死病・会計・雑の六章を設けた。同じく、第弐輯は、高等警察・行政警察の二章から構成され、その分量は第壱輯のおおよそ二倍である。背文字には、高等・外事・保安の文字が見える。最後の第參輯は、前輯に比較して編成にやや一貫性を欠いているが、衛生・司法警察・消防・軍事を主内容とし、付録として三多摩郡及島嶼関係法規が付されている。如上の各大項目は、適宜再分類・細目化されて即効的利用の便を計っている。従って、実務的には「目次欄」と「索引」(後述)が本法典の有力な手立て・手引きとなっていた。
何故、本書がシカゴ大学レーゲンシュタイン図書館に蔵書として保管されて今日に至っているかは、その来歴を語る確たる特定文書は存在しない。しかしながら、本書は昭和二十年代のはじめ、即ち、一九四五年の日本の敗戦に伴い、初め軍用船で日本からアメリカ西海岸に押収品群のひとつとして海送され、陸路で大陸を横断しワシントン・ドキュメント・センター(WDC)に収まったものに相違ない。WDCはアメリカ陸・海軍合同の調査・諜報活動部隊であり、大掛かりな倉庫(ファシリテー)を持ち、同先遣隊は丸の内の日本郵船ビルに駐屯していた。公式にはGHQ参謀部(G―2)に属し、旧日本の統治地域をも含めて、文献・資料の安全確保・収集を主務とした独自の機関であった。この厖大な資料群は、その後WDC系の倉庫棟で管理され、やがて文書類は国立公文書館に、出版物は議会図書館にそれぞれ移管され、その調査機能はアメリカ中央情報局(CIA)に吸収されて、WDCの特務機構は解消した。その際、出版物は議会図書館の収書方針により選択取捨され、二十五万点前後(一説に三十万点)が同図書館の蔵書に加えられて再活用され、今日に至っている。重複または不要な文献・資料の一部が、アメリカ国内の日本研究プログラムを持つ主要大学図書館と沖縄地域の大学図書館(当時沖縄はアメリカの管轄下)に対し、交換・寄贈の形で送出された。これらの書物には、通常、重複であることを示す議会図書館のスタンプやWDCの管理用番号等が見られる。
さて、底本の表紙には、大きな文字で「備付用」とあり、底本セット自体は三冊であるが、今回の復刻に当たっては、利用が容易となることを願い、八冊体にまとめた。底本の第壱輯巻末には「五十音索引」と「年次索引」があってこれも役に立つ。よって、底本にあったままの形で同じ箇所に遺した次第である。前者の索引では、例えば、出版法や新聞紙法の項目の下では法文・施行規則・関連通牒類が一目出来る。但し、一定の素養・知識がないと立ち往生してしまうであろう。例えば、一気に「検閲」や「売春」などという用語でモノを探そうとすると何もでて来ない。焦らず手順を踏むことが大事である。「年次索引」は、先に略述した如く昭和十五年十二月五日現在までをカバーしたもので、最後年の警察法令項目数は微少である。一方、この「年代別索引」でみると、いわゆる「警察法令」の嚆矢は、明治元年三月に発せられた太政官布告「会符榜等ニ禁裡御用ノ文字菊章等ヲ書クヲ禁スルノ件」であったことが判明する(第弐輯第二章・行政警察・御肖像及御紋章)。斯くの如く、本『警察法令類纂』は、歴史資料として、読み込むことによっても勉強・調査・研究の出来るツールである。なんとなれば、本書は、大日本帝国の立ち上げ・発展・維持・運用・管理・強化のための、まさにそのための、もう一方のであったからである。
なお最後に、本書の形態を描出しておきたい。綴じは強い麻紐で結われており、アメリカの大学図書館の一般蔵書としては、やや異様な姿をなしている。現在では、図書館の資料保存規定により、底本は写真の様な特殊保管函に収納中である。(電子復刻版新序文より抜粋)
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