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文生書院の本

刊行物新刊

『ふる郷もの語』(ふるさとものがたり) ◆弊社新刊◆


ある地元新聞記者が記録した、四国山間部集落における幕末から昭和戦前の生活世相

カバー画 遠藤瑞己

いでわたしの故郷(ふるさと)、わたしがまだ紅顔の一少年であった時代の故郷人や、故郷人の生活、その環境などについて少しくこれを語らしめよ。もとより無名の一農村、その草木とともに、またその小鳥や昆虫とともに、徒に花咲き花落ちつ、平和に生まれ、平和に活き、そして平和に死んでゆきし人々……(本書「はしがき」より)

2023年10月31日発売
3,300円(+税)
ISBN978-4-89253-654-0

著者  曽我正堂(そが せいどう)
編者  曽我 健(そが たけし)


『曽我正堂文集』に掲載された肖像写真

自営農民の誇り高い独立生活圏構築の記録を集大成したのが『ふる郷もの語』である。それは、1940年までの戦前のピーク時の産物であった。曽我三代が歩んだ明治・大正・昭和の世相史、生活史を展望できる畢生の記録である。(山本武利「特別寄稿 『ふる郷もの語』が伝えるもの」より)

本書の内容
曽我正堂が昭和11(1936)年から昭和16年まで『愛媛日曜新聞』に連載した随筆。長年の新聞記者生活で培った取材力、観察力、明晰な視点、平易な文体で、彼のうまれ故郷である愛媛県の小さな山村、双岩村鴫山(ふたいわむら しぎやま)(現、西予市三瓶町)の歴史、習俗、風俗、祭祀、農業、食物、経済、そこに生きた名もなき人々の生活を記した。著者が取材した父太郎市の江戸末期の追想も収録され、幕末から明治、大正、昭和戦前にいたるまでの四国山間部集落における生活世相が記録されている。

著者、曽我正堂について
正堂は愛媛県の小さな山村、双岩村鴫山(現、西予市三瓶町)で明治12年、代々つづく自営農民の家に生まれた。
明治34年、私立東京専門学校高等予科に入学、翌年卒業。次いで早稲田大学(東京専門学校の改名)英文科に入学、明治38年7月15日、卒業した。
卒業後、東京帝国大学内に設けられていた三上参次が主宰する史料編纂室の臨時雇いに採用された。ついで三井の編纂室に転職。しかし激務のため体をこわし、明治44年退職し、家族とともに鴫山に帰山、療養に専念した。
一年ほど療養し、伊予日日新聞社に主筆として招かれ松山に出た。その後、『大阪毎日』の通信員を兼ねるようになったが、昭和2年に『伊予日日新聞』は廃刊となり、昭和9年には大阪毎日新聞社を退職。
その後、国の統制のさまたげにあいながらも方々の新聞に随筆を連載しつづけるが、戦争が激しくなり、松山に空襲がせまったため昭和20年3月、鴫山に帰郷する。農業をして暮らすが、病を得て、昭和34年12月28日死去。享年81。(曽我健「解説」を要約)


東京府豊玉多摩郡淀橋町柏木70番地(正堂の自宅)にて、明治44年5月16日撮影。
左から:妹・延子、正堂、長女・清子、次女・光子、妻・君代、父・太郎市


正堂の生家(上方の家屋)。昭和30年代前半撮影

推薦文:宇和人に誇りをいだかせる百相の生活文化史
山本武利
(一橋大学・早稲田大学名誉教授  NPO法人インテリジェンス研究所理事長)
曽我正堂は故郷愛媛県西宇和郡双岩村の民生委員、農地委員会長などを務めていたため、1945年、私の入った小学校の隣にあった役場によく顔をだしていたはずである。彼は老体に鞭打って自宅から週何回かは1時間半も山道を徒歩で往復していた。私の家の3代と曽我家とは地縁関係にあった。だが私は自宅前の細道で彼と顔をつき合わせていたはずだが、母や祖父母から彼の名を聞くことはなかった。その関係は孫に記憶されるほどの親密度はなかった。彼がなくなる年に私は彼の名も知らず、高校を卒業して田舎を離れた。
敗戦からの復興を図りながらも、1950年代の日本農村は低所得で呻吟し、戦前のレベルまで回復していなかった。私の育った山村も余裕をもって近隣との交流を図る余裕がなかった。したがって同郷の先輩の異郷での活動を知るよしもなかった。かれらの東京や大阪での活動の情報はほとんど入らなかった。ただ勉強をしなければ、大阪の問屋に丁稚奉公させると周辺から脅されていた。都会の商店や町工場が中学卒の最大の就職先であった。
日露戦争時代に同郷の人物が早稲田大学に進学したことも知らなかった。30年も松山で記者、編集者として活躍した彼の履歴や仕事ぶりは最近『愛媛新聞』の記者を通じて知った。そしていくつかの地元出版社から出た冊子に接した。それらは宇和地方の郷土の文化を愛するベテランの曽我記者によるものであった。しかも双岩村という狭い同郷出身で、地域の風土や文化をけれんみなく記述した同学歴の先輩の本書に感動させられた。
松山で活動しながら、取材活動で疲弊したとき、また冠婚葬祭があったとき、肉親の住む家郷を持ち、「山荘」としてくつろぐことができた著者は幸せであった。また東京や松山の学友と行き来しながら、広い視野で生活文化を分析した彼は、本書によって自身の系譜の人々だけでなく、われわれ宇和人にもその豊かな文化への誇りを与えてくれる。

推薦文:近代史を僻村の観点から捉え直す
山田晴通(東京経済大学コミュニケーション学部教授)
南予の山村集落、鴫山に生を受けた曽我正堂こと曽我鍛は、早稲田大学で英文学を学び、若くして帝国大学や三井家で史料編纂の仕事に従事して、歴史研究家としての素養を磨いたインテリとなった。健康を害して愛媛県に戻ってから『双岩村誌』の編纂にあたるとともに伊予史談会の設立に参加し、創刊から長く『伊予史談』の編集主任を務めた。以降はもっぱら、ジャーナリストとして活動し、松山で『伊予日々新聞』主筆、『大阪毎日新聞』支局長などとして活動するが、その文筆の根本にあったのは歴史への意識であった。
『ふる郷もの語』は、老境に入った正堂が、少年期の記憶に軸を置きながら、伝聞や史料の掘り起こしをも含めて取り組んだ連載記事である。終着点を意識しない連載記事であり、構成こそ取り留めなく話題が流れるところがあるが、歴史研究者らしい自己批判の目を通して語られる少年期の精緻な記憶は、故郷の人々の人柄を、地域の民俗を、山村生活の細部を、驚くべき説得力をもって活写する。
記述の中では、明治から大正、昭和と、生活が近代化していく過程が、様々な細部への注目の中で随所に読み取れる。食文化や方言、諸々の信仰、年中行事や山村における生業のあり方がいかに変化していったのか、新たな文物がどのように普及し生活を変えたのか、その様子が淡々とした筆致で、また時に愛惜の念を込めて語られる。それは明治以来の近代史を、僻村の観点から捉え直すものであり、中央の視点で語られることが多い近代化の過程について、相対的な視座をもたらすものとなっている。それはまた、正堂が、今を記録し、歴史をつむぐ営為としてのジャーナリズムに忠実であった証左であろう。
なお、併せて収録されている、正堂が最晩年に記した『双岩村分裂記』は、昭和の大合併の大きなうねりの中で翻弄された地方集落の事情を活き活きと描写した小文であり、市町村合併のエピソードとして興味深い。正堂が、その最期まで、ジャーナリストとして歴史を記述することに自覚的であったことを印象付ける文章でもある。

 

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  • 『『ふる郷もの語』(ふるさとものがたり)』
  • 曽我正堂(そが せいどう)
  • 2023年10月31日発売
  • 3,630円(税込)

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