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『Intelligence』購読会員限定サービスの一環として、20世紀メディア研究所所属の研究者や、関連テーマの研究者によるブログを開設いたしました。

第13回では、メリーランド大学プランゲ文庫室長、巽由佳子さんが、プランゲ文庫の公開状況と、利用方法を解説してくださいます。

13回 巽由佳子
プランゲ文庫におけるデジタルアクセスの進展とサービスシステムの向上:2014-2016

2014年夏にプランゲ文庫の室長に就任してから、早いもので2年余りの月日が経った。この間、学術研究を取り巻く環境の変化および加速し続ける情報技術の進化に対応して、
当文庫でも資料の整理と保存、アクセス提供、利用者サービスなどの点で数多くの進展を遂げた。新しくアクセス可能となった資料やサービスの変更、その他の関連事項に関
しては、随時、当文庫のホームページおよびブログでお伝えしているが、この2年余りにおける成果および変更点をあらためてここに紹介し、今後のご利用やご訪問時に役に立て
ていただきたいと思う。

 

 

 

 

 

 


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ブログバックナンバー

第一回 川崎賢子 太平洋戦争とドナルド・キーン」展を見て
    連休終盤、ドナルド・キーン・センター柏崎の2015年度特別企画展にうかがった。
テーマは「太平洋戦争とドナルド・キーン―日本文学研究者の原点、それは日本兵の戦場の日記」である。
第二回 土屋礼子 昭南中央放送局に関する一資料について
    太平洋戦争の開始後、シンガポールを日本軍が占領し、「昭南」と名前を変えたのはよく知られているが、その軍政下におけるラジオ放送
についてご存じだろうか。昨年7月にシンガポールへ行った折に、私はその国立公文書館に立ち寄り、たまたま昭南放送局に勤めていた人
の資料を見つけた。
第三回 小林聡明 巨済島捕虜収容所シンポジウムに参加して
    巨済島という島をご存知だろうか。韓国南部に位置する巨済島は、済州島に続く第二の面積を有する島であり、金泳三元大統領の出身地
として有名である。現在は、現代(Hyundai)やサムスン(Samsung)が大規模造船所を設置し、「造船大国」として近年、成長目覚ましい韓
国の屋台骨となっている島でもある。
第四回 山本武利 シベリア墓地再訪
    1991年、ゴルバチョフが一挙にソ連抑留者の死亡名簿を公開した。各紙は2ページをまるまる使って、その名を掲載した。
私は父の名前がないかと探したが、カタカナで順不同に印刷されていたので、途中で諦めた。諦めなかった弟の目に父の名が飛び込んできた。
第五回 鈴木貴宇 ベルリンにて、戦後70年を考える
    そもそものきっかけは、学生と話していたときだった。現在の大学生にとって、戦後はおろか近現代史全体が「遠いもの」であることは承知していたが、
彼らの祖父母世代もすでに「戦後生まれ」だと知って、「戦後50年」の年に大学へ入学した自分との世代差が、妙に現実味のあるものとして実感された。
第六回 吉田則昭 『緒方竹虎とCIA』とその後。テーマの広がり、研究動向から
   

戦前のジャーナリスト、戦後の保守政治家であった緒方竹虎を取り上げた評伝『緒方竹虎とCIA』(2012年)を刊行してから、およそ3年半が経過した。
刊行後、日本の政治状況もめまぐるしく変わり、同時に本書の受け止められ方も政局に応じて変わってきたようにみえるが、その後のテーマの広がり、
研究動向などを、経過報告として紹介してみたいと思う。

第七回 加藤哲郎 ゾルゲ事件被告ヴケリッチ家のオーストラリア
    ゾルゲ事件の被告ブランコ・ド・ヴケリッチといっても、知る人は多くはないだろう。ソ連赤軍第4部(情報部、GRU)に登録された、
リヒアルト・ゾルゲの組織した対日諜報団の核を成す5人組の一人である。
第八回 白山眞理 「原子力平和利用博覧会」と『スーホの白い馬』
    後に絵本作家として名をはせる赤羽末吉(1910-1990)は、22歳で満洲国(中国東北部)へ渡り、絵画の腕を見込まれて満洲電信電話株式会社
で広報の仕事に就いた。1943年には興安に新設される成吉思汗廟内の壁画制作グループの一員として内蒙古(内モンゴル自治区)の貝子廟や
阿巴嘎大王府を取材し、スケッチ画と写真を残している。
第九回 白土康代 別府市立図書館にあった検閲済みスタンプの押された紙芝居
    プランゲ文庫収蔵の出版物のうち、大分県で出された110タイトルの雑誌を読む「大分プランゲ文庫の会」を主宰しています。
この会は学会でも研究会でも、たんなる読書会でも、各地にある史談会でもなく、会を紹介するのにいつも苦労しています。
第十回 井上祐子 文化社と『東京復興写真集1945~46』
    文化社は、敗戦直後に設立された写真工房兼出版社である。戦時期に陸軍参謀本部の傘下にあって、『FRONT』など主に対外向けの
写真宣伝物を制作していた東方社の後継団体であり、文化社も写真集やグラフ雑誌を制作・出版していた。
第11回 清水あつし 「初期帝大新聞の研究」1 1920年代の編集部について
    「帝国大学新聞」は1920(大正9)年東京帝国大学の学生により、創刊された新聞である。大学新聞としては、慶応義塾大学の「三田新聞」
1917(大正6)年に次ぐ二番目である。今年末で、創業96年を迎えることとなる。
第12回 清水あつし 「初期帝大新聞の研究」2 『帝大新聞』OBの情報局次長・久富達夫について
    『帝国大学新聞』の創刊と、編集メンバーについては前回(第11回「初期帝大新聞の研究」1)で言及したが、その創刊期のメンバーの一人であり、
また戦時中は二度にわたり情報局次長を務めた久富達夫に焦点を当てて、特にメディア・新聞を研究している皆様に紹介をしたいと思う。